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弘前大学附属図書館貴重資料 津軽領元禄国絵図写 |
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令和2年6月12日更新
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津軽領元禄国絵図写(つがるりょうげんろくくにえずうつし) |
点数:1点 | ||||
![]() 弘前藩が江戸幕府に提出し,正本・写ともに失われたと考えられていた「津軽領元禄国絵図」の写が,平成20年(2008)8月に弘前大学附属図書館から発見された。同絵図には弘前城下をはじめ,約300の村名などが記載されており,主要交通路,白神岳などの山岳や河川,津軽半島北端部にあるアイヌの犾(えぞ)村,各村の村高も書き込まれ,当時の津軽領内の地理,経済などの情報がひと目で分かる。 津軽領の国絵図は,正保(しょうほう)国絵図(17世紀前半),天保(てんぽう)国絵図(19世紀前半)の両絵図が現存しており,当絵図は,両時代の空隙を埋める資料的な価値はもちろん,全国の国絵図研究などにも影響を与える貴重な資料として関係者の注目を集めている。 国絵図は,近世の統一政権が全国支配のために諸大名に命じて作成・提出させた一国単位の絵図で,江戸時代には,慶長(1610年代),正保(1640年代),元禄(1697~1700年代),天保(1835)の4回調製された。その内,津軽領の国絵図は,資料上,作成が確認できるのは,正保,元禄,天保の3回だが,明治6年(1873)の皇居炎上により,幕府に収蔵されていた全国の国絵図の大部分が,天保国絵図を除いて焼失した。 現在,津軽領の国絵図としては,正保の写が県立郷土館に,天保の正本が国立公文書館に所蔵されているが,元禄の国絵図はこれまで現存が確認されていなかった。 今回の写は,附属図書館の長谷川成一館長が,平成20年(2008)8月に館内の貴重書庫を整理した際,発見した。青森師範学校の受け入れ印はあるが,附属図書館への来歴はよく分からない。 絵図は南北3メートル38センチ,東西3メートル96センチ。現在の津軽地方を中心とした当時の津軽領全域が,狩野派の絵師によって描かれている。紙本著色。 絵図には,「元禄十四年(1701)十一月 津軽越中守」との書き入れがあり,幕府が提出を求めた時期と一致する。また,正保国絵図にあった航路や松前領の記載がなく,正保期にはあった3つの郡(田舎・鼻和・平賀)を「津軽郡」とまとめて表記するなど,当時,弘前藩が幕府から示された元禄国絵図作成の「マニュアル」に従った記載が随所に見られることから,元禄国絵図と確認した。絵図は,弘前藩が幕府へ提出しようとした最終段階の下図か,控図の写しとみられる。 絵図には津軽郡の石高が,10万3097石1斗5升と記され,元禄時代には既に10万石以上の実高であったことが分かるほか,盛岡・秋田両藩との藩境が詳しく描かれ,藩境の確定に当時の幕府が意を用いた様子がうかがわれる。 |
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(附属図書館長 長谷川成一) | ||||
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展覧会
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