豊泉

THE HIROSAKI UNIVERSITY LIBRARY BULLETIN
弘前大学附属図書館報  Print ISSN 0919-8563

No.15 1999.1 Page 1


原 書


医療技術短期大学部部長  菊 池 弘 明

 わたしには,かぶれるぐらい外国が好きで,それと同じぐらい洋書が好きで,洋書に接することに無上の喜びを感じるところがある。上京しても,暇ができると地下鉄が便利な某書店に足を向け,手にとって眺めることが多い。
 今日,日本語で書かれた医学関係の専門書・教科書・参考書と呼ばれる類の出版物は,書店の棚に所狭しと陳列され,選択に苦労するくらいである。また,翻訳書も多数出版され,日本語で知識を仕入れることが容易になった。つくづく,恵まれた良い時代になったと思う。
 外国の書籍も邦訳で読めるので,原書にわざわざ接しようという気にもならないであろうし,第一「原書」って何のことかと訝るご時世になったが,わたしの乏しい経験に照らしてみても,このように選択に困るくらいにこの領域の出版物が活気を呈してきたのは,この30年来の現象で,小生が学生時代を過ごした昭和30年代の初・中期は,日本語の専門書の出版がようやく始まった頃であったように思う。
 当時は,学生時代に使用したと思われる洋書を片手に講義をされる教授もおられて,それが学生にとっては洋書に対する大きなモチベーションになったものである。
 学生の周りには洋書の海賊版が出回っていて,それも次第に本物と区別がつかないほど立派な装丁になって,学会で来日された著者にサインをお願いするため差し出した本が海賊版であったという実話があったが,それほどよく“普及”していた。
 10数年前,中国の医学系大学を訪開した際,図書館にあった洋書は全て海賊版であることに驚いたことがある。同行した日本の出版関係者によると,中国は国際的な出版協定に加盟していないため咎められることはないとのことであったが,そのころの中国はまさにわが国が体験してきた軌跡をそのまま辿っているように思われた。

閑話休題
 医学部の専門課程で,人体の解剖実習が始まる頃は,いよいよ医師としての修業が始まることを実感し,厳粛な気持ちで緊張する時期である。それは,ドイツ語で書かれたラウベルコプシュの,表紙がコバルトブルーで大冊の解剖学書に接して,その紙質の良さ,図版の見事さに感激することでもあった。基礎医学から臨床医学の講義へと進むと,その第一歩は内科診断学から臨床医としての自覚が芽生える。そのころ手にしたクレンペラーの内科診断学の名著も忘れがたい。
 洋書を読破することはなかなか困難であったが,英語に挑戦しよう,ドイツ語で読んでみようという気概に溢れていた時代であったように思う。読んでみようという気概と書いたが,実際は各分野に邦語の書籍がなかったため,やむを得ず洋書を眺めざるを得なかったというのが実情かもしれない。
 洋書を一人で読み通すことは極めて困難な作業であるが,4〜5人で分担して読むようにすれば,自分に対する甘えもなくなり効果的である。このことを教えられたのは,下宿の先輩が輪読会を開いてくれたからである。先輩も研究のための必要性もあり,後輩育成のためもありで行ったものと思うが,お陰で酵素化学(Die Klinishe Enzymologie)や生化学関係(Biochemistry of Blood In Health and Diseaseなど)の洋書を,他人のカを借りながらでも,最後まで読むことができた感激は忘れがたい。後年入局後,わたしもこれを真似て学生数人とこの形式で数冊の生化学関係の書籍を輪読した,その記録が今でも手元に残っているが,大変懐かしい思い出である。また,最近までの10数年間,短大の看護系教官とAmedcan Journal of Nursingを教材に,語学の勉強と実利を輪読会を行ってきた。これは原書購読とは異なるが,種々の面で役立っているようである。
 今日,看護学の分野でも洋書に親しむことの必要性がいわれている。しかし,これは,看護だけの問題ではなく,学問として新しく,今後科学として構築が急がれる他の医療技術の分野にとっても必要なことである。
 このような視点は,看護・医療技術系の教育施設ではこれまで全くなかったことである。予算が厳しい中で,日本語の図書の充実さえままならぬのに,洋書までは到底手が回らないというのが実情であろう。本学部では,数はともかく外国の雑誌や書籍を購入してはいるが,はとんど読まれていないし,短期大学における過密な教育課程の中で,洋書まで学生に読ませることは至難の業である。しかし,最近看護・医務技術系大学が続々と設置されてきており,このような大学においては余裕のあるカリキュラムを組んで,是非原書に親しみつつ,国際的な視野を養う教育を施し,わが国における看護・医療技術系の専門領域を発展させてほしいものである。

きくち・ひろあき 看護学科 教授)


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