豊泉  THE HIROSAKI UNIVERSITY LIBRARY BULLETIN  弘前大学附属図書館報  Print ISSN 0919-8563
No.18 2000.7 Page 1


歴史小説と時代ものの世界に遊ぶ

教育学部長 小 澤  熹  

 私は,時間のかかる列車の旅や,少しゆとりのある時,この類の本を読むのが好きである。時代ものに至っては,コミックを楽しんでいる子どもとあまり変わらないかも知れない。
 さて,歴史小説といっても,NHKの「大河ドラマ」の世界や,同じく「歴史への招待」の類から,事件・登場人物は歴史上の事実を扱って説得力もあり,読む人によっては非常に面白いが,商業ベースで,テレビドラマ化するほどの人気を博さないものもある。小説である限りにおいて,そこにはフィクションがあり,歴史研究の成果等が参考にはされているが研究者からみると大いに欠点だらけであるものもあろう。
 しかし,そこには,読者をひきつける作者の推測と解釈,歴史観がある。また,読み手の主体的な受け取り方と重なって,社会の複雑な関係や,渦中におかれた登場人物の心の動きや,最終的な判断,決断に立って進む姿勢や行動が意味探く読みとられる。それは,入試で測られるような人間の部分的能力の側面を見るのではなく,まさに,そこにいる一人の人間全体,すなわち「完全な人間」に触れることができる面白さがある。
 時代ものと言われる小説は,歴史上の人物,事件等を題材としたものもあるし,そうでない,まったくのフィクションの場合もある。しかし,そこにおいても,作者の人間観,人間のありようが随所に読みとることができる。また,事件の原因,展開,結末等には,ミステリー性に富んだものもあり,ストーリーを追う面白さもある。
 ところで,この小文を書きながら,ふと,本学図書館にこの類の本がどの程度あるのかということが気になった。オーソドックスな学問観からすれば期待できないことは,分っていたが,早速,図書館に赴き検衆用端末と検索用カードの両方で調べてみた。  例えば,司馬遼太郎に関しては,「明治という国家」「国盗り物語」「燃えよ剣」「世に棲む日日」「バルチック艦隊来たる」「対馬沖の二十時間」が検索されたが,「昭和という国家」「竜馬がゆく」「翔ぶが如く」「坂の上の雲」等は見当たらなかった。
  津本陽に関しては,「最後の剣客榊原鍵吉」は検索されたが,「椿と花水木一万次郎の生涯一」「乾坤の夢」等は見当たらないし,常城谷昌光,黒岩重吾,山本周五郎,藤沢周平についても3〜1散見される程度であった。
 文学関係の書架の間を歩いてみると古典文学,西洋文学,日本文学全集等をはじめ,それらに関する解説書,研究書等々の高雅にして伝統的大学に相応しい蔵書が勢揃いしている。しかし,大学のおかれている時代状況からしても,文学的価値の定着した作品や作者等の研究などだけでなく,直木賞作品等の世界に遊びながら,そこに見られる人間像の研究等を楽しむのも意味あるものではないかとの感を深くしている昨今である。

(おざわ・ひろし 教育学部 教授・学校教育講座)


弘前大学附属図書館 Hirosaki University Library