【概要】
 本資料は、弘前市の郷土史研究家・故小野慎吉氏(1888-1963)の蔵書で、昭和40年(1965)1月、同家から弘前大学附属図書館へ寄贈され、小野文庫と命名された資料群に収録されている。同文庫は、郷土史関係の図書・古文書類等から構成されており、現在、附属図書館の貴重書に指定されている。
 附属図書館への受入れに際して受入目録は作成されたが、その後、図書類は本館所蔵図書として文庫本体から分離・配架されたため、受入目録自体が機能しなくなったことから、現在、資料の再整理と新目録の作成中である。同文庫所収の史資料は膨大で、資料目録の脱稿には、いまだ日時を要することから、同文庫の中で、特に学界に裨益するのではないかと考えられる資料を、できる限り早急にデジタルアーカイブスを通じて提供するべきであるとの認識にいたり、このたび、本アーカイブスに登載することにした。

〔本資料の書誌的な概要〕
 本資料は、小野文庫の旧受入番号が29099〜29101であり、表紙に「差紙」と記された、次の3冊である。なお、「差紙」は表題として不完全なので、新たに資料名を付した。

  • 1.「弘前藩家中差紙 正徳5年(1715)正月〜12月」1冊(旧番号29099)
    〈形状〉竪帳 袋綴じ 45丁 前半部分の虫損著し 横22cm×縦30.7cm
    〈内容〉弘前藩の家臣・職人・近習坊主・小人・女中の召抱え、相続、加増、減少(減禄のこと)などの申渡し記録。

  • 2.「弘前藩家中差紙 上 享保16年(1731)正月〜12月」1冊(旧番号29100)
    〈形状〉竪帳 袋綴じ 106丁 一部虫損あり 横22cm×縦30.1cm
    〈内容〉弘前藩の家臣・町年寄・町扶持人・職人・足軽・小人・町同心の召抱え、相続、加増、減少(減禄のこと)・召放ち・役務就任、勤料下付などの申渡し記録。

  • 3.「弘前藩女中差紙 上 宝暦6年(1756)5月〜12月」1冊(旧番号29101)
    〈形状〉竪帳 袋綴じ 11丁 表紙の綴じ部分に破損あり 横21.6cm×縦28.9cm
    〈内容〉弘前藩の奥方に勤める年寄・中老・乳持などの女中衆の召抱え、切米・菜銭下付、擬作(ぎさく、俸禄のこと)下付などの申渡し記録。

〔本資料の内容について〕
 本資料は、18世紀の弘前藩家臣団ならびに奥方の召抱え、相続、知行・俸禄下付に関する記録であり、分限帳・由緒書を統合したような性格を持つ。従来の弘前藩研究において未見の資料であり、弘前市立弘前図書館所蔵の「弘前藩庁日記 御国日記」(以下、「国日記」と略記)に記されている各家臣たちや役人の任免・相続の記録が、本来はこのような形で残っていたことは知られていなかった。現在までのところ、弘前市立弘前図書館や人間文化研究機構 国文学研究資料館の弘前藩の各資料群にも確認されておらず、本学附属図書館所蔵資料として広く学界に紹介する価値を有すると考える。
 本資料の資料的な価値について、次の2点を指摘しておきたい。
 第一に、差紙自体は、家督や跡目を相続して召直されたり、新たに召抱えられた際に、藩から藩士たちへ発給された文書であり、受領した各家臣の家に大事に保管されてきた。調査の際に各家文書に残されているケースもあり、断片的には発給・受領の経過が判明する。藩では、差紙の写しを保管しておくか、もしくは本資料のように帳面仕立てにして記録することがなされたようだ。本資料の注目すべき点は、差紙の控えもしくは写しの性格を持つ冊子に、差紙発給者に捺印させて、差紙原本と同様の実効性を持たせようとした点にある。「国日記」に記載された本資料に見える記事は、あくまでも藩庁の記録であって、文書としての機能を持つことはあり得ない。従来の藩史研究の中で、このような資料は確認されておらず、今後、さらに研究の余地があろう。
 第二に、本資料に登載されている記事は、時間的な制約があって厳密に検討したわけではないが、前述のように「国日記」に記録されているものとそうでないものがある。両者に同様の記事があるのは、おおむね、藩士の家督・跡目相続、任免関係事項である。「国日記」に見えず、本資料にのみ記されているのは、次の2点である。
 @弘前城奥方の年寄から女中・乳持ちなどに至る、女中衆の加増・切米支給や任免関係記事である。例えば、宝暦改革の主導者であった乳井貢の元司職の角黒印が本資料には押印されており、「国日記」にはそれらの記事を見かけることはない。同改革における奥方との関わりを見る上でも、本資料は藩政史だけでなく女性史の資料として貴重であろう。
 A足軽等の下級士、内真部山役人・広須新田請払役人などの在方の下級役人への切米支給や任免関係記事は詳細であり、これらは「国日記」には見えない。
 以上のような点から、本資料は18世紀初期から中期にかけて、弘前藩家臣たちの俸禄支給や任免などを総体的に把握できる点や、女性史や地方役人の動向などを研究する上で貴重な情報を提供する資料として評価できるのではないかと考える。
 なお、本年(2017)度は、諸般の事情により、前掲1の「弘前藩家中差紙 正徳5年(1715)正月〜12月」1冊をデジタル化し、アーカイブスに登載した。2の「弘前藩家中差紙 上 享保16年(1731)正月〜12月」1冊と3の「弘前藩女中差紙 上 宝暦6年(1756)5月〜12月」1冊は、来年度以降、同様にデジタル化してアーカイブスに登載する予定である。

(弘前大学名誉教授・元附属図書館長 長谷川 成一)

(付記)概要を執筆するに当たり、弘前大学教育学部の瀧本壽史教授と人文社会科学部の武井紀子准教授から種々の助言を得た。